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日々これ平穏 [TESTACH Tre-mignon]

今年は仕事の都合でブルベに参加が難しく、twitterなどで皆が、PCが、とか呟いているのを指をくわえて見ているだけなのであった。無念。ロングライドの醍醐味は、その”長さ”にあるわけだけど、長いってことは時間もかかるということであり、距離が長ければ長い程、沢山休みをとらなくてはならないので、むにゃむにゃ、なのであった。

そんなわけで、ちょっとヤサグレ気味なのだが一応少しは走ってみた。
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近所のダムまで登ってみたが、

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イノシシと間違って撃たれる!撤退!!


清澄山ヒルクライムは相変わらず辛く、いつまで経ってもちっとも楽勝にならないのである。
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ピザを食べに君津の山奥まで分け入ったり。

特筆すべきは、ロードバイクを買ったものの、ビンディングが怖くて1年近く乗らないでいるアホの子がいたので、職場の駐車場で特訓したり。

『はい!右はめて!!、お尻乗っけて!!はい!!左はめる!!』
『だめ?もう一周クランク回して、はい!!今はめる!!』

”パチン”

やったー!!クララが歩いた〜

『はい!こいでこいで〜(自転車の後ろを皆で走って追いかける)やったー!!』




。。。当然、その後はビンディングを外して降りる作業が必要なのであったが、我々は遠くに小さくなっていいくクララの後ろ姿を、皆でよかったよかった乗れて良かった、今日は良いことをした、じゃあ解散、おつかれさま〜と肩を叩き合って喜んだのであった。あとは彼には軍手とビニール袋を背負ってくるのをヤメてもらえれば、言うことはもはやないのだった。

それにしても忙しいなりに、夏あたりに、何か目標になるような、イベントというかチャレンジというか、あるといいのだがと思う。うーむ。


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とうとう大歩危・祖谷渓谷に到着した話 さいご [TESTACH Tre-mignon]

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毎回毎回、走り出す前の話が多くて自転車に乗るところまで到達するのに時間がかかるというご指摘もある当ブログである。しかし、世の常、慣性の法則にもあるように、走り出すまでが大変なこともまた真実のようなのであった。

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職員旅行の合間を抜け出し、12月のある早朝。伊予三島駅前でロードバイクをひとり組み立てているオバさんがいたのであった。初めての土地で一人サイクリング、しかも愛媛県から13時頃に徳島県にある祖谷渓谷の道の駅で同僚のレンタカーにピックアップしてもらい、夕方には香川県金比羅に到着しないと行けないという時間制限付きである。もしこのランデブーに失敗すると、自走で香川県まで走るか土讃線輪行かのどちらかになるようだった。前者は日没が心配であるし、後者は後者で1−2時間ごとのダイヤにあうか未知数なのである。毎回毎回、無意識にちょっとづつ内容の難易度をあげている気もしないではないが、大丈夫かな?という気持ち半分、未知のちょっとした冒険にワクワクしながらTESTACH/Tremignonは組み上がった。

さあ出発である。が、かなり寒い。。。
上下のインナー、長起毛ジャージ、防寒ソックス/グローブ、ネックウォーマー、インナーキャップなど、一応冬装備は万全で来たつもりだったが、身にしみる寒さであった。しかたなく、万一のために持ってきたゴアテックスのウインドブレーカーを着込んだがこれでフル装備になってしまう。山の中がもっと寒かったらどうしようか、、、もう一枚中に着られるようなインナーが買えないだろうか、と見回すもスーパーもなくコンビニさえもない。今から松山に逃げ帰っても、皆もどこかに向かって移動中だろう。ええい、走れば暖かくなるだろう。出発だ。
と少々破れかぶれ気味に駅前から319号線方向に向かった。まず目指すは、地図上では不吉なくらいの直線を描いている、法皇隧道というトンネルである。トンネルがあるということは、そこは山であり、長いトンネルがあるということは、頂上をこえなくても峠を越えられるということなので喜ばしいことのようにも思える。しかし、現実はいきなり最初から海抜0から400mの山越えなのであった。



と、ここで大変な事態を発見したのであった。サイコンが動かないのだ。ケイデンスはもちろん速度表示も出ない。本体とセンサーの電池は夏に交換したのだが、、、このタイミングでまさかの電池切れのようだ。電池が切れる前には点滅サインがでるらしいが、それらしき兆候はなかったような。。。しかしおそらくここのところ石垣島往復飛行機輪行、高知までの飛行機、と思ったより寒冷環境にあって消耗が進んだのかもしれない。予備の電池もなく、説明書なしでリセット再設定の方法もわからず、困ったことであった。というのも、趣味の一人ブルベ設定で、”お一人様Qシート公開、おひとりさまQシートゲット”などしており、この旅にサイコンの走行距離がとってもとっても必要だからであった。

しかし、この程度のアクシデントは幾多のトラブルのおかげで織り込み済みで、今回は念のため例の飛び道具を持ってきたのであった。その飛び道具とは!
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ソニー社製のNAV-Uというポータブルナビである。ほんと持ってきて良かった。早速、トレミニヨンのハンドルにブラケットを取り付けた。このNAV-Uはいつもはポタ用のDAHON Curve SLのほうに付いており、ロードバイクに付けて走るのは今回が初めてである。電池の消耗が早く、ブルベに使うには外部電源を導入しないといけないけれど、速度と距離は勿論、高度が出たり音声案内があったりするところはメリットと思う。

そんなこんなで予定より大幅に遅れたがまずは法皇隧道に向かって走り始める。駅を出てすぐに一直線の登りだ。
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振り向くと瀬戸内海を眺めることができる。

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と、のんびり登っていられたのも最初のうちで、ふと見上げると、自分の行く末が。。。地図ではわかっているが、当面、ずーっと上り調子なのだなとややブルーになるのである。往復コースならば、登った分は帰りは下りであろうから、登り甲斐もあるが、今回ゴールが山であるので、登りのみ。

ここでまた話がそれるのだが、自転車乗りはそれぞれホームグラウンド的存在があるとおもう。ホームコース?と言うべきか。定番のトレーニングコースだったり、行きつけのお店までの往復だったり。東京だったらサイクリングロードとか大井埠頭とかであろうか。そして、行きつけのもまた、各々あるんではないかと思う。初めて登った(あるいは登れなかった)坂、一番近い山、そんなところがあるように思う。そしてその山が、ある意味それからの自分の自転車道の基本単位や比較対象になるのだ。私の場合は当然いつも登場する清澄山が基本単位である。どんなところを走っても、坂や峠は”これは清澄に換算するといくつくらいか?”を考える。地図上で予想したのと実際走ったので感じた結果が違うこともよくあるが、仲間内で、あそこは行ったことがあるが、坂的には清澄山のほうがツライ。などと話すのにとても便利なのであった。

ルートラボで調べた限りは、明らかに清澄山以上の峠が2つ、途中にも小さな峠が一つ。合計おおよそ2.5kiyosumi相当と思われるのであった。

早朝の寒さの中、突然のヒルクライムにかなり消耗したがとりあえず隧道の入り口まで到着した。と、目に飛び込んできたのは、
『法皇トンネル 長さ 1663m』
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1.6kmのトンネル!?しかも緩やかながらも登りのようである。しかも離合ギリギリ、あるいは待機も必要なくらい道幅のせまいトンネルである。当たり前だが、まったく出口は見えない。前照灯、リアフラッシャーを点灯し、エイやっとトンネルの中に入って行った。幸いにして交通量が多くないのが救いであった。それでも全速力で走りやっとトンネルから脱出。

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そこは昨日今治タオルの店で教えてもらったような、四国の山々の中に深く分け入っていく入り口でもあったようだ。
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のぼってものぼっても、カーブの先には、また新しい山々が。。。おかしいのであった。ルートラボで調べた限りは2回目の峠越えも標高400mくらいが最高地点でそのあとは小さなアップダウンを繰り返し国道32号に合流するはずであった、しかし、NAV-Uの標高はもう500mを示しているではないか。。。やばい、万一ルートがおかしいということになってもこんな人っ子一人、いないところでは。。。と極めて心細く、しかし自転車を降りるわけにはいかないのでヨロヨロ登り続け、ようやく少し斜度がましになってきて、木々の中から空が見えるようになってきた。これは登りももう終わりのサインである。


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標高が100mも高かったことは腑に落ちないけれど、無事に徳島県に突入である。ここからは大きな登りもなく、国道32号に合流し土讃線に沿って走れば大歩危に到着できるはずだ。同僚に状況を写メしたところ、松山で揚げたて芋けんぴを、高速のパーキングエリアで蜜柑の詰め放題を楽しんでいるという、極めて妬ましい内容の返事が返ってきた。しかし、よし、まだ十分先行している。と言うのも、はぐれたり、置いて行かれたりは論外で、やはりここは自転車、ロードバイク界の名誉のためにも、スイスイと走ってランデブーポイントでレンタカーの皆を優雅に待っていたいではないか。いやー意外に早く着いちゃってさあ。という感じである。

ようやく、四国の山々を抜け国道32号を一路祖谷渓谷へ向かって走る。緩やかな登りであるが、今まで50kmほど山岳を走ってきただけに、なんだか脚に力が入らないのだ。
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道路の脇には吉野川、ますます渓谷らしくなってきた。大歩危小歩危とは俗説にて「大股で歩くと危険、小股で歩いても危険』というくらい険しいということらしい。歩きではないがもはや疲労困憊で心配する程の速度もでない状況だ。と、そこでメールが着信。

「我々も高速を降りて、32号に入りました!」

なな、速い速すぎである。さすが化石燃料。モータリゼーションの勝利であろうか。こうなったら、追い付かれたとしても、「めっちゃ楽しんで走っているもんねーみんなお先にどうぞ〜」という形で追い抜かれたいではないか。道ばたでへばっていたり、ヨロヨロと走っているところだけは見せられない。さあ、最後の力をフリ絞って、全力で余裕のふりである。
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のこり7km、緩やかな登りを全力で走りながら、後ろからみてラクチンなふり。ところどころドリンクを飲んでみたりと余計な演技を投入しながら走り続けとうとう、12月某日正午過ぎ。無事にゴールの大歩危道の駅に到着したのであった。
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道の駅では、妖怪子泣きじじいや一つ目小僧などが出迎えられ(どうやら妖怪の里としても有名らしい)、5分程うろうろしていところにレンタカー組が到着。かねてから準備していた、「いやー思ったより早く着いちゃってねえ、楽しいサイクリングだったよ〜」発言もでき、満足満足なのであった。ぬかりなく後輩から件の揚げたて(だった)芋けんぴを奪いむさぼり食べ、蜜柑も差し出させお腹も満足である。
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かずら橋にて。もちろんロードバイクでは渡れません。

と、いうことで、四国サイクリングの話は終わりである。房総とは全然違う山であった。楽しかった。
帰りのレンタカーでは皆の荷物が土産物で増え、私のテスタッチがギリギリで入らず、リアディレイラーを外さなくてはならなくなってしまった。太いアーレンキーを持っていたのが幸いでレンタカーに収まったのだが、その太いアーレンキーを上着のポケットに入れたまま(忘れていた)帰りの飛行機に乗ろうとしてしまい、とうぜん金属探知器がちゃんと仕事を果たし、私は空港係員にお叱りを受けたのであった。自転車乗りのみなさんには、今のところ国内線で5ミリのアーレンキーはギリOK。が、やはり預ける方の荷物に入れたほうが親切というもののようだとお伝えしたい。


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四国・大歩危峡まで走った話(承前) [TESTACH Tre-mignon]

無事、高知空港に到着し、たらふく鰹のたたきを食べた後、我々はレンタカーにて一路松山に向かうのであった。しかし、どうやったら松山・道後温泉に到達出来るのか、四国にまったく縁のないメンバーであったので途方にくれかかっていた。前々回の班は四万十川沿いに北上しようとして難儀な思いをした上に肝心の四万十川観光は時間切れとなったとのこと。そのルートは避けようではないか。
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どうやって松山に行ったらいいのか、ほんとうに皆目見当がつかないのであった。

と、ここで松山・道後温泉にどんなに苦労して辿り着いたか、くわしくお話しすることも可能ではあるが、一方そろそろ自転車の話もせねばならず、出来るだけかいつまんで記することにする。唯一四国観光の経験のある後輩が、「ここでカルスト台地を通らないで松山に行くって手はないですよ!」と豪快に断言するのであった。自転車に乗るようになると知らない土地の地図でも等高線が引いてなくても、国道なのか県道なのか、道路や線路の曲がり方や自治体の境界線、トンネル・・・などから何となく道の険しさは判るようになる。カルスト台地、そう言われて地図を改めて眺めてみると、、、「。。。ここにスキー場とか天狗高原とか峠とか書いてあるけど?ここを越えるの大丈夫なのかな?けっこう厳しそうな道だけど?」

「自分が通った時は松山からの逆ルートでしたけど、道は大丈夫っす!全く問題なかったっす!!」

どうにも自分の中では得心がいかなかったものの、心の中の警報音を押し切られる形で国道439号から県道に入った。
天狗高原(スキー場)にむけて徐々に険しく、狭くなって行く道であった、いつのまにか一車線の離合ギリギリの道路になり、しかも、、、雨が小降りになってホッとする間もなく、真っ白い、霧が立ちこめてきたのであった。これはヤバい。2台のレンタカーで移動しており先頭車両を私が運転しているのだが、レンタカー故、ハンドルもクイックとは言えず、フォグライトもなくドライバーも土地勘ゼロ、この10メートル先も定かでない視界不良になす術もなかったのであった。もしかしたら、この濃霧をぬけたらトワイライトゾーンに居たりして。。。ちゃらりらちゃらりら〜、などと皆をリラックスさせようと歌ってみるものの若いひとには判らず、そういえば彼らは道行くお遍路さんを見て”同行二人。。。どうこうふたりって何ですか?”は、ともかく、”あ!パ○ウェ○ブの人達だ!!”と叫んで私の肝を冷やしたり、シミジミ世代間ギャップを味わったのであった。

さて、そんなこんなでようよう松山に到着、ちなみに「まったく問題ない道っすよ」と言った彼は、当然皆に嘘つき呼ばわりされかわいそうであったが、実は免許がなく運転したこともなく、カルスト台地をドライブしたのは心地よいある春の日の5月であったということが判明し、ますます袋だたきにあっていた。やはり大言壮語する人には要注意である。
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松山で買った、今治タオルである。お店の人が、これは四国の山々をデザインしたオリジナルタオルです。と紹介してくれたのだ。その日は「ふーん、山ねえ。。。」とピンと来なかったのだが、翌日にめちゃめちゃピンと来るようになるとはこのとき予想もしていなかった。

さて、二日目はみな松山城観光と買い物、そして午後は徳島の大歩危・かずら橋に移動しそこからいよいよ最終目的地の香川県へ突入する予定だ。松山での観光・買い物には私が少々居なくてもかまわないだろうと言うことで、お許しが出た。早朝自転車で出発し昼過ぎに大歩危にて合流、自転車を車に積んでもらい、一路金比羅、という塩梅である。そのランデブーポイントは、道の駅大歩危とした。
地図をよく見て決めた自転車旅は、幾ら何でも松山から大歩危まで自転車で走るとするとブルベ並みの距離となり、さすがに無理と判断。まったく土地勘がないのだが、最寄りのJR駅まで電車輪行してそこから大歩危峡を目指すことにした。他にも良いルートがあったのかもしれないが。。。

60kmしか走らないのに、獲得標高が900mを超えていることに気がついてはいたけれど、距離が距離だから大丈夫だろうと、なんだか昨日の後輩のような、、、

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12月上旬の某日、晴天の早朝であった。テスタッチ・トレミニヨンと共に特急しおかぜ号に乗り、降りた駅は
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”伊予三島駅”である。ここから国道319をずーっと登って行けばいいのだ。なるべく分岐の少ないコースを選んだ結果であるので、なんだかスゴい長いトンネルとか、ダムとかあったのだけれど、今までなんとかなってきたんだから、今日もなんとかなるだろうそう思って一人伊予三島の駅に降り立ったのであった。ここまで書いて、走り出す前の話などを一生懸命書いたお陰でまた今回も筆が尽きてきたので、次回に続くことになるのである。
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新年初ヒルクライム [TESTACH Tre-mignon]

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新年あけましておめでとうございます。2012年も自転車であっちこっちさせて頂きます。お付き合いください。

さて、お節も食べ終わった三が日の某日早朝。寒いので、十分お天道さまが昇ってあったかくなってから、という意見が”箱根駅伝を見たいから”という一部の強い意見により却下され、気温もまだ上がらぬうちに同士達が集合したのであった。この日のコースは清澄山往復、目的は清澄寺でお参りをすることにある。初乗りがヒルクライムで、しかも自転車で初詣、自転車乗りの鏡のような計画である。

清澄山は南房総ではけっこうきつい山の一つである。そして職場からたった数キロのところにあるため我々の練習コースとして活用されている。標高は400m足らずであるが海抜0mから登ること、シャレにならないヘアピンカーブが連続し、ようやく辿りついた山頂には清澄寺がでーんと鎮座しており、修行の場の雰囲気満点なのであった。

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そうして今年初乗りの一行は無事に清澄寺に到着したのであった。
しかし無事は無事だが、かなり寒い。。。登っている最中はいいが、いったん自転車を降りると標高が上がっているだけに、身体が徐々に冷え寒さが身にしみるのである。早めにお参りをすませ、今年の無病息災と交通安全をお願いしたのであった。さむいさむいと回りを眺めると、参道には初詣のための屋台も準備されている。しかし、朝早すぎてまだ準備中のようであった。しかし、寒い。。。凍えそうである。しかも、この後ダウンヒルをしなくてはならないのであった。さすれば、なにか、こう、あったまる物をお腹に入れたくなるのも道理なのだ。。。

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「すみません!焼きそば2パック食べるので、その間火にあたらせてください!」

開店前の焼きそば屋台に当たってくだけろと交渉してみると、手足をふるわせている我々を不憫に思ったのか快く鉄板に火を入れてくれたのであった。焼きそば2パックはアツアツであった。しかし、まだなにか、こう、お腹に隙間があるような。。。ということで、隣のたこ焼き屋さんにも点火して頂きまた2皿追加、ハフハフと食べ終わり、そろそろこの勢いでダウンヒルに出かけようかと思ったが、だめ押しで味噌おでんを詰め込みようやく人心地ついた4人組であった。

さあ、では帰りましょうか、ということになったのだがせっかくだから集合写真でも取りましょうと、本堂の前でセルフタイマーをセットした。と、そのとき、奥から素晴しい袈裟をお召しのお坊様がこっちを目がけてすっ飛んでくるではないか。まずい、ここは撮影禁止だったか。さっきから写真を撮りまくってしまった。。。すみませんで、すむのだろうか、、、でもまだ撮ってないし、セーフか?!






お坊さん:「みなさんのお写真、お撮りしましょう☆」

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と、言うわけで無事にお参りも写真も撮れ、良い一年になりそうなのであった。ここで”足腰守り”なる霊験あらたかそうなお守りも入手できたので、なお一層の自転車ライフも期待出来そうである。
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四国初上陸して峠を越えた話 [TESTACH Tre-mignon]

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今年の夏くらいから、ひとつの計画があった。年に一度の社員旅行に自転車を便乗させる計画である。
社員旅行、そう、1泊とか2泊とか、観光して夜は宴会。のあれである。今年は四国ツアーと決定したと聞いてますますその気になったのである。さすがに、社員全員が四国に3日も出かけてしまうと社会的に大変なことになるため、例年決まって3班に別れて旅行するのであった。私は最終の第3弾、12月の班に参加することになっていた。

第一班、第二班と社員旅行を終えたところで、早速聞き取り調査に入った。なぜなら、どの段階で自転車で離脱すれば一番穏便かということを知りたかったからである。
ちなみに、飛行機とレンタカーとホテルのみ決まっており、あとは参加者どうしで民主的に話し合って旅程をこなして帰って来る。という企画なのであった。まあ親睦を深めるために、敢えてバスツアーガイド付き等にしていないということだそうで、決してコスト面からの措置ではなかったと信じたいところである。それにしても大まかな行程は予め示されており、このアウトラインと三班目で大概ボロボロになってきているマッ○ル・四国2010−2011版で旅をするのである。結局我々のとった計画はこうだ。

高知→カツオ食べ→レンタカーでどれかわからないけど、どれかの道を通って愛媛・松山に辿り着き→道後温泉・今治→翌日は松山観光し、どうにかして徳島県まで行って大歩危・かずら橋観光→香川県入り金比羅泊→最終日、うどん三昧→帰宅。

全然、ゆっくりできる気がしないよ。。。

さて、そうは言っても、みな楽しくリフレッシュしてきたのに違いない。既に社員旅行から帰ってきた同僚達に話を聞いてみた。

「四万十川を探して彷徨って半泣きだった。」(土佐空港から四万十川観光して松山に行きたかったらしい)

「大歩危渓谷への道で車酔いして、泣いて車を止めてもらった。」

「かずら橋で腰を抜かした、なぜ500円も払ってこんなめにと企画者を恨んだ。」

「うどん屋5件も連れていかれ、苦しくて号泣している後輩がいた。」

何だか、少々不安な気持ちもあり、それでもいよいよ12月初旬の某日、出発の朝がきた。が、早朝からかなりの大雨である。しかも集合時間ジャストに久しぶりの大きめの地震がよった。何ヶ月かぶりで緊急エリアメールのふぁ!ふぁ!ふぁ!!も聞いてしまい、この旅、大丈夫だろうか。またまた、色んなこと(主にはトラブル)が起こって、最後に寝込む羽目になったりしないだろうか、と改めて心配になったのだった。しかし、判っていても、人はそうせざるを得ないということがあり、人は飛んで火にいる夏の虫とか、因果応報とか言うのだけれど、それでも自転車を持っていくのであった。

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無事に高知龍馬空港に到着である。無事にと言ったが、既に羽田で前を歩いていたご高齢の御婦人が、突然バッタリと倒れ、ひと騒ぎあったことなど有事のうちには入らないかもしれない。もちろん、御婦人をしかるべき方面にお送りした後、自転車を担いでチェックインカウンターまで猛ダッシュしなくてはならなかったが。

と、いうところで、前置きが長いのはいつものようであるが、四国も自転車も峠越えも書かないうちに話は次回に続くのだった。
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西表島ポタ 八重山諸島でサイクリングした話 後編 [TESTACH Tre-mignon]

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石垣島アースライドのツアーにはオプションがついており、大会の翌日に西表島に自転車持参で渡りサイクリング+トレッキング+ジャングルクルーズをするツアーであった。なかなか魅力的なのと、船で自転車を運んでくれる、そのあと帰りに石垣港で宅配業者が自転車を集荷してくれ手ぶらで千葉に帰れる、というメリットがあった。
せっかく、石垣島までロードバイクを持って行くのだから、一日だけではもったいない。これはひとつ、となりの西表島でも走ろうではないか、という話になったのは自転車好きなら理の当然であった。
全員一致となったので、さっそく出発も来週に迫って来たころ、予約の電話をしたのであった。

が、とっくのとうに、満員御礼であった。そうなのだ、かなり人気のツアーということは知っていたのだが、「今頃電話されても、キャンセル待ちを含めていっぱい」という驚きの事実なのであった。

しかし、何度も八重山を旅したことのある自分の経験をいかせば、自力で西表島ポタをすることは可能なはずである。石垣島から各離島に向かうのは主には高速船である。ここにロードバイクを持って乗れれば、まずは大丈夫。今までの記憶をたどってみると。。。大きな荷物を乗せている人もいた気がする。ただし自転車はみたことはないが、、、ここはおそれずに当たってくだけろと各船会社に電話してみた。

結果としては、「たためばタダ、そのまま乗せるなら片道1400円」との返答を得たのであった。やはり、船は自転車に優しい。そして、石垣に戻った後も宅配便業者さんと交渉して西表アースライド公式ツアー参加者と同じ扱いで自転車を集荷してもらえることになった。公式ツアーが西表島から石垣港離島ターミナルに戻って来るのが17時〜18時だが、17時には集荷を始められるとのことであった。離島ターミナルのどの場所かは、『そこに居ればわかる』とのことであった。ちょっと不安もあったが、確かに年々石垣港が近代化されてきているものの、あそこはさほど大きな港でないし、、、これで自転車移送の算段も付き一安心である。結果として全然安心している場合ではなかったことは、今ならあきらかなのだが、、、毎回毎回、伏線通りにトラブルが降り掛かって来るのであった。予定調和とか様式美とかそんな言葉も頭をよぎる。


そんなことはつゆ知らず、当初の西表ポタのコースはこうであった。西表島を半周するコースである。つまり、西表島は沖縄県で本島に次いで大きな島なのであるが、西半分はその険しい地形から陸路での移動ができないというほどマングローブの生い茂った野生の島である。話は横道にそれるが、八重山諸島、それぞれの島にそれぞれのイメージがあるように思う。石垣も西表も同じような沖縄の離島と感じるかもしれないが、全然似ていない。石垣は華やかなブルーやエメラルドグリーン。西表はもっと濃い緑や茶色のイメージだ。もっと深い色というか。。。波照間島や黒島、竹富島などそれぞれの個性(島に個性というのもなんだが)がある。
この西表島の道路のある東半分を走る計画である。ちょうど南と北に港があり、行きは南の仲間港に帰りは北の船浦港から船に乗ればいいのである。ちょうど真ん中に確か立ち寄り湯のある温泉施設もあったし、水牛車で有名な由布島もある。完璧だ。時間が余れば浦内川のクルーズをしてもいい。

と、石垣島アースライド125kmを走った翌日、意気込んで石垣離島ターミナルについた我々の目に飛び込んで来たものは。。。


「船浦港〜石垣港ルートは冬期のため欠航」

なんということであろう。事前にあんなに相談した計画であったが、いきなり変更を余儀なくされたのだ。南端の仲間港しか使えないということは、島の西半分には道路がないので、折り返しするしかない。これくらいのことは、もはやトラブルのうちには入らないのかもしれない。さっさと気を取り直してのんびり西表島を北上し、由布島で水牛車に乗りのんびり帰って来ることにしたのであった。

そう決まったのでさっそく西表島行きの高速船に乗船した。輪行するものは自転車を畳み、1400円でそのまま乗せるものも、それぞれの選択ということになった。
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そうこうして、無事西表に到着。
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前日と打って変わって風もなく我々はパーティーで買ったお揃いのジャージを着て気持ちよく走って行く。
”ヤマネコ注意”の標識が沢山あるのだが、もちろんこれは、ヤマネコに襲われる注意なのではなく、ヤマネコを車で轢かないようにという警告である。もちろん数が減っており、そうそう簡単にイリオモテヤマネコの姿を拝むことは出来ないのである。が、間違ってもロードバイクで轢いたりしたくないなと思うのであった。
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マングローブの林の中を適度のアップダウンをこなしながら、由布島に到着。ここまで、私がデジカメを置き忘れて皆で3kmほど戻って探したくらいでトラブルなしである。大変良いことであった。

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水牛車に乗って由布島観光。来年丑年だったら、この写真が年賀状に使えるのになあと思うが来年は辰年でかなわないことなのだった。さて、予定の船に乗るためにはそろそろ水牛車に乗って西表に再上陸しなければ。水牛車は30分おきに渡っているので、時間はちょうどである。急げ!!
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あれ。。。?
途中の土産物店などで足を取られているあいだに、水牛車の一陣はとっくに出発してしまった。つぎは30分後。これに乗り遅れても、帰りの船にまにあう時間はあるはずだが、、、がっかりして肩を落とす我々。

すると、一台の水牛車が戻ってきた!しょぼくれている我々を不憫に思った御者さんが引き返して迎えに来てくれたのであった。やはり南の島感覚はいい。ありがたく乗せて頂く。ちなみに水牛君の名はユウジロウ君であった。

ここで話はまた横道にそれるのである。この翌日私はご承知の通り旅先で寝込んでしまったのであるが、皆は竹富島に観光に行ったのだ。そこであった衝撃の事実である。これは私自体がパプニング王なのではなく、この団体自体にそのような吸引力があったことを示す好例であった。彼らは私に見送られ、竹富島に向かうべく、同じ石垣港離島ターミナルについた。トイレに行ったり買い物をしたり、さて、時間で乗船しよう。と指定された桟橋に辿り着いたところ、彼らの目に入ったものは、そう予定調和的に皆さんもおわかりと思うが、そこには竹富島にむかって陸を離れて行く船の姿があった。ええええ〜!とさけぶ彼らであった。と桟橋に居た職員の方が、『ん?あれに乗りたいの?そう。おおおーいちょっとこの人達のせてえ〜!!!』
と、声の限りに叫んでくださり、すると。なんと出航した船がバックして戻って来たという。。。
かように、八重山のひとたちの優しい心に守られながら、我々は旅を続けていくのであった。ご迷惑をおかけしてばかりで申し訳ないのである。

さて、西表島の話である。由布島観光も無事?終わり、西表島に別れを告げる我々であった。あとはこの自転車を集荷してもらってその後は某FBで2ウン年ぶりの再会をした幼なじみと実際に会う予定なのである。彼女は石垣島でレストラン"UliUli cafe"をなさっていて、そこのイチオシはハンバーガー!なのだ。なんという符合、自転車乗りとハンバーガー。ともすれば、ハンバーガーの輝きに押されて20数年ぶりの再会が霞んでしまうくらいである。そんなことないか。とまれ、西表島を30kmほど走り往復輪行したわけであるので、当然空腹と前日のこともあり、お肉が恋しくなっても不思議ではない。さあ、石垣港で自転車を集荷してもらおう!




。。
。。。
。。。。

17時すぎになっても、宅配便業者の姿もトラックも見当たらず途方に暮れる我々。いくら亜熱帯の八重山/石垣島とはいっても。11月も末のことである。だんだん風も出て来て寒くなって来た。もう全員自転車はクイックやペダルも取り去り完全に解体しており、準備万端、心はハンバーガーなのだが。宅配業者の事務所に連絡しても情報があまりなく、港の某観光船の船着き場の近くであるということしかわからない。確かにそこは発着場の海に向かって右端にあり、トラックなどが止まるスペースがあるので、ここで正しいようにも見えるが。。。実際ゆうパックやちがう宅配便業者のトラックは出入りしているし。
それにしても、寒い。お腹も減った。。。
我々の忍耐も限界に達した頃、一艘の観光船が到着した。みなサイクルウェアを着ているところを見ると、公式ツアーの人達だ。とすると、場所は合っていそうだ。しかし、なんだか船が小さい、とても人数分の自転車を積んでいるようには見えないが。。。
船から人々は手ぶらで降りて来る。彼らの自転車は船には乗っていない!!そして皆バスに乗ってどこかに行ってしまった。


ここで、いろいろな情報を総合して事実が徐々に判明したのであった。1)公式ツアーの人達とその自転車は別々の船で石垣島に帰って来る。2)集荷は自転車のほうの船が着く場所でおこなわれる3)そこは1kmくらい離れた港の反対側の桟橋である。
そして我々はペダルも取り去られ、完全に輪行状態になっているそれぞれの自転車をじっと悲しく眺めたのであった。

われわれが、やっとのことで集荷場に辿り着いたとき、日はとっぷりとくれていた。他の参加者は集荷を終え、我々の分だけ残されていた。預けていた輪行バッグ/コンテナを引き取り自転車を真っ暗な中で詰める我々は、空腹で寒くて悲しかった。これから食べるであろうハンバーガーのことだけが頼りであった。今回の旅、色々合ったが、パンク修理と輪行に関しては全員かなりレベルが向上した。それも収穫であったように思う。

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そして、やっとのことで旧友と再会すべく玉取崎に到着。今日のディナーは我々のために考えてくださった特別メニューであった。というのはハンバーガーは通常ランチでディナーメニューに入っていなかったのである。

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皆には20年ぶりの再会、と話していたが実はそれはサバをよんでいるのであったが、この料理の前ではそのような細かいことはもうどうでもいいのであった。普通は量が多くて皆さん残す、と予め言われていたが、そこはわれわれ自転車乗りである。楽勝で完食。今回の旅で一番のグルメイベントは成功したのであった。おいしかった〜。


このようにして、石垣島アースライド、西表島ポタ+再会イベントの私の夏休みは終わった。この夜から高熱を出しその後しばらく寝込んでしまったのは皆さんもご承知の通りである。年に一度でハッスルしすぎるとこうなるようであるので、もう大台にのっている年齢でもあるので、反省して来年からはもっと自転車で身体を鍛えてもっとドンドンと弾けていきたいと思うのであった。





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石垣島アースライド 八重山諸島でサイクリングをした話 [TESTACH Tre-mignon]

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15年近く前から、特別な休みは八重山諸島に行くことにしているので、かれこれ10回位は石垣島を訪れている。年とともに、島も様変わりしているけれど青い空、紺碧の海、のんびりとした空気感、食べ物もおいしく、治安も良好。わたしのなかでは海外の南の島よりダントツで魅力満載なことに変わりない。

そんな石垣島でロングライドのイベントがあると聞けば、行かないわけにもいくまいと去年初参加したのであった。それを職場のサイクリング同好会で石垣島がどんなに素晴しいところか、このイベントがどんなに楽しいか、力説していたところ、では今年はkayoの引率でみなで行きましょうという運びになったのは当然とも墓穴とも言えるかもしれない。

そんなわけで、妹も含む総勢8名が先月開催された石垣島アースライドに参加したのであった。

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イベント前日に石垣島に到着、今年はスタート/ゴール会場の隣のホテルを予約したので登録とゼッケン受領はスムーズだった。
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去年は飛行機輪行したのだったが、今年は人数も多くイベント側の集荷宅配を利用したのでスタート地点で初めて自分の自転車に再会した。どこも壊れていないか全員でチェックし自転車を組み試走する。
天気はあいにくの曇り時々雨ではあったが徐々に回復傾向ということだったので、早速その夜は市街に繰り出して景気付けの乾杯を
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やはり石垣牛〜
なぜ前日にこんなに大量にタンパク質をとってしまったのか、お利口さんのすることではなかったな、と後から思い返すのだった。一転翌日はひもじい思いをすることになるだったが、そのときは当然思いもよらないことである。

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当日、まだ暗いうちからスタート。ここで我々はツールドちばであんなに痛い目をみて決めた鉄則をさっそく忘れてしまう。我々は軟弱職場同好会なので足切りとの戦いの話でレベルが低くて恐縮なのだが、その勝利の方程式はズバリ、”なるべく早くスタートする”ことである。ちなみにその二は”休憩は短めに”である。
にも関わらず、南国のイベントののんびりとした雰囲気につられ、後方よりでスタート、この時点で既に30分経過していた。しかも1人佐川急便のコンテナに預けた荷物の中にシューズを忘れた剛の者がいて、佐川さんがコンテナを明けてくれるまで(スタートより1時間後)スタートすら出来ない仲間がいたのであった。。。雨も降り始め、アースライドの幟がちぎられるように風にたなびき、「前途多難」という言葉が頭をなんどもかすめるのであった。

去年と同様のこのコース、125kmの最長距離を走るにはいわゆる足切りがあり、午前11時に船越漁港のエイドを出発しないといけないのである。そして13時までに全員が復路に入らなくてはならない(折り返す)というルールがある。7時スタートで11時までに4時間で60km弱を走る。楽勝なはずである。そのように皆にも話した。しかしなぜ人は思い出は全て楽しく美しく語ってしまうのであろう。”峠もないし、ツルちばより楽”その言葉を事前に連発したために後で皆に軽く嘘つき呼ばわりされるはめになったのであった。

さて、シューズを忘れた一人を気にしながらも残り7名でスタート。今回の旅の前にサイクルショップのマスターから送られて来たメールには、”この時期は新北風(ミーニシ)が吹き、それに乗って、渡り鳥が北からおりてきます。”と詩的な一文があった。なるほど沖縄、風に乗って渡り鳥が。。。

と、それは詩的な表現ではなく的確な気象学的記述であったことにスタート早々気がついたのであった。今回のイベントは石垣島の最北端の平久保崎灯台を目指しそこから折り返すコースなのであった。つまり、それは足切りの時間帯から運良く最北端の灯台に到達するまでずっとずっと向かい風という運命である。


そして、向かい風に脚をとられた我々に次に襲いかかったのは、補給不足の問題であった。去年とエイドの内容が違うのか、はたまた我々が遅く到着するためか、ほぼ食べられ尽くされていたのである。これは特に復路になると殆どなにも残っていないという状況になり我々を苦しめたのであった。また、去年の経験から、”ツルちばのエイドにはバナナだけだけど、石垣島にはサーターアンダギーやオニギリや天ぷらやケーキなどがある”と皆に自慢していただけに、皆の視線が辛かったのであった。しかしやはりここは勝利の方程式その3として、いくら商業ベースのイベントとはいえ、”補給食は用意しておく”ということにする。

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石垣島アースライド名物、新城選手のご家族の応援(私設エイドステーション)である。こちらでサーターアンダギーと果物、シークワーサージュースなどを沢山頂き、声援もうれしく頑張って再び北を目指すのであった。

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風は相変わらず強いが、雨が止み南国らしい風景のなか頑張って北を目指すのであった。そうえば去年も、アップダウンが激しくキツかったっけ、、、と美しくない思い出の方も徐々に思い出されたのであったが、皆には言わないでおいた。
と、いう訳で我々鈍足集団は全員いつものように11時ギリギリで足切りを免れ、一路灯台を目指したのであった。それにしてもこの足切りギリギリ、最後尾、というのがなんだか定番になっているような気もする。

一応足切りは免れたが、13時には引き返しルールがあり早く灯台に辿り着かねばならぬ。まさか10キロに2時間はかからないが、灯台に付くまで登りが連発し侮れない。急げ!!
ここからは本当に最後尾担当のスタッフさんがうしろに迫っており、殆ど写真を撮れなかった。全員が足切りを切り抜け帰りは追い風、それまで頑張ろうとペースを上げ始めたそのときだった!





ガチーン☆ カン、カン、カン、、、
前方を走っている他の自転車から何かが弾かれて私の自転車に当たった?!
クランクを回すと規則的に後ろの方でカンカンと不吉な音が。。。
最初に頭に浮かんだのはスポークが折れたのではないかということであった。良ければサイコンの受信部とスポークが接触しているとか。。。
おそるおそる自転車を停めて、後輪を見てみると、ま、まさかの



パ、パンクだあ〜

飛んで来たのは絵に描いたような折れ釘であった。思い切り踏んだらしくタイヤの真ん中に突き刺さっている。飛び出た折れ部分がブレーキアーチかチェーンステーに当たって音がしていたらしい。この釘、抜かないわけにはいくまい。が、ツライ行為ではある。そう、まるで映画『ダイ・ハード』で主人公が身体に刺さった破片を自分で取り除く時のようだ。

思い切って釘を引き抜くと、当たり前だがタイヤから空気が勢いよく噴出し、みるみるうちにへなへなになっていくタイヤと自分なのであった。このとき、この場所でパンク。最後の足切りが目前だと言うのに。
ここで白状すると、私にとってこのイベントは2回目でありすでに完走している距離とコースだ。いまさら自分にとって挑戦というようなイベントでもない、皆に完走してもらうことの方が難易度が高い。などど驕り高ぶり民の気持ちを忘れたドラクエとかに出て来る王様のような尊大な気持ちでいたのだ。それを訂正せねばならない。このパンクを乗り越え皆に追い付き、完走すること。果たして間に合うだろうか。

急いで、後輪を外しツール缶を開けようとした時、メンバーが2人追い付いて来た。
『パンク?』その一言だけだった。心が通じるとはこのことだろうか、缶から道具を出し新しいチューブに少し空気を入れ準備する一人、残り二人はタイヤを外しチューブを抜き取る、新しいのを入れ二人でレバーなしでタイヤをはめ込む。その間にもう一人がフレームポンプを準備する。最後は三人がかりで空気を目一杯押し込む。それはF1カーのタイヤ交換もかくあるべしというくらいのチームワークであった。ちなみに次のエイドで指定空気圧まで入れてもらおうとメカニックに見てもらったが、6気圧ちゃんと入っており驚かれたのは使ったのがmini morphだったということを考えても、賞讃に値するだろう。仲間と言うのは本当にいいなと久しぶりに思った。そして他人を手伝うことこそあれ、自分が人の脚を引っ張ることはないだろうと思っていた、その無意識の傲慢さに気がついたのであった。

パンクを驚くべき速さで修復し、暫く走った橋のところで残りのメンバーも待っていてくれた。本当にギリギリだ。と全員の無事を確認し出発しようとした時、一陣の風が!そしてなにやら小さい黒いものが飛んで行って橋の下に落ちた!

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この写真を撮った後に落下事件は起こった。
女性メンバーの新調したばかりのグローブが風に飛ばされ、そこが橋の上だったばかりに河口に落ちてしまったのだ。そもそもココに停まっていたのは私がパンクして遅れたからであり、いやさっきも飛ばされそうになって注意されていたのに私が不注意でした、後半は手袋なしで走ります、などとやり取りがあったのだが、ここはやはり地球環境のことも考えると拾わなくてはなるまいということで、数人で橋のたもとから河口まで法面をつたってグローブを回収したのだった。これでシャレにならないくらい最後尾決定であったが、改めて皆一団となり再々度灯台に向かって出発したのである。
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灯台手前のきつい坂を登り、

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そして当然最後尾ではあるものの念願の石垣島最北端に到着。感動にひたる。ここまで辛かった。でもこれはゴールではなく折り返し地点なのだが、このイベントの頂点という感じでもある。

復路に関しては、追い風であったこともありペースを上げられた。アクシデントもなく午後4時、全員が最終集団でゴール。125kmの南の島の旅は終わった。皆満足であった。

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2011ツールドちば完走記 さいご [TESTACH Tre-mignon]

世の中ではもう来年のAudaxJapanエントリーが始まって、来年のブルベの日程まで決まっているのにまだ先月のイベントの様子が書き終わっていないのだった。次の自転車遠征も決まっており、そろそろ書き終えなくては、よっこいしょういちと、筆をとるのであった。
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ツールドちばを三日間支えるサポートカー。やはりなんだかんだといってもSHIMANOはかっこいい。ついつい、中の人に「いつもSHIMANO使ってます!!」と叫んだりして失笑を買ってしまったのであった。いばってみても、SHIMANO製を使っていない自転車を探す方が難しいのだから、仕方のないことであった。

さて、勝浦ダム激坂登頂の時点で足切りまで15分と迫っていたのであった。この日の目標は前にもお話ししたように、全員がゴールすることであったので、残り数人がダムを登るまで待機した。ここから、足切り地点の最終エイドステーション・内浦県民の森までは我らにとってはお馴染みの激坂あとの激ダウンヒルである。おそらく10分程度で到着出来る。これはギリギリ足切りされないだろう。そう思いながらメンバー全員揃ったところでダムを後にしたのであった。

と、そこでまさかの雨が。。。

雨あし自体はさほどではないものの、雲行きは明らかに海側で厚く、つまりはゴール方面である。せめて本降りになる前に急いでこの激坂を下らなければ。。。さすが人生の楽しみにしていたイベントはことごとく雨だったという恐怖の雨男部員と一緒に走っているだけのことはある。慎重に坂を下って行く。内浦県民の森休憩所までは九十九折で荒れた路面、しかも集団で下って行くわけであるので神経質にならざるをえないところだ。

みな、無事に下ってくれよ。と思ったその時。









パッカーンカーンカーン








視界の隅をなにか黒いものがすっ飛んでいき、道路を転がり、薮の中に落ちて行ったのが見えた。何がおこったか、すぐ判った。やってしまった。ツール缶の蓋だ。

説明しよう。ホイールサイズ650cの小さなフレーム。垂直方面に問題があり、座る大人物と呼ばれる私には大変にありがたく心強い存在なのであるが、650cロードバイクの欠点もいろいろある。その一つに、フレームの三角が小さいが故にボトルゲージが2つ付かないことが多い。という点があげられる。
台座がついていない自転車のためのバンドでとめるタイプの台座がいろいろ市販されていることはもちろん知っているし、買ったこともある。だが結論として、どんな台座を外付けしても前三角の面積の中にボトル(ないしはツール缶)2個は入らない、という大変悲しい結果を得ることになったのだった。縦は何とかなるんですが、横(トップチューブ方向)につかえてしまうのである。

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しかし、ブルベに出る、あるいはだんだん長い距離を走るようになると、やはりチューブは2本、パッチセット、タイヤレバー、簡易工具などなどを持たなくてはならなくなる。基本は自転車のことは自分ですることが大事と思うからである。偉そうなことを言ったが、出来ることと言えばパンクの修理くらいなのであまり偉くもないのである。ある時ブルベの参加者から教えて頂き、ダウンチューブの下に前述のバンドで留める台座をつけツール缶を収納することに成功したのであった。以後収納には困ることなく過ごしていたのであった。が。ダウンチューブ下の積載方法には問題はないのだが、この某有名ツール缶、開け閉めと関係なく徐々にプラスチックにゆがみが生じるらしく蓋がゆるんでくるのだ。一回走行中に蓋が落ちたことがあり新しいものに買い替えたのであった。いつかまた緩むかも。と思っていたが、よりにもよってこの日この時このタイミングで落ちるとは。。。

足切り前の雨の下り、もちろん急ブレーキをかけて停まる危険はおかせず蓋は転がって消えて行った。ここでダウンチューブ下収納の最大の欠点が露になる。まずは走行中には手が届かない、つまり中のものが振動で徐々に飛び出そうとしているのを押さえることはできないのである、そして最大最悪の欠点は中の物品が前輪に接触(しそうになる)ことなのだ。
そう、今、ツール缶の中の携帯工具やら出雲大社の交通安全木札がタイヤに擂りそうになっている。この下りで前輪がパンクしたら大変なことになる。。。
段差を乗り越えるたびに、ツール缶から徐々にコンニチハするお札にヒヤヒヤしながらようやく最後のエンドステーションに到着したのであった。はやくこの缶をなんとかしなければ!

最後のエイドではあったが、足切り時間がせまり殆どの参加者は自転車を降りることなく、出発して行く。「後3分で足切りします!!」

。。。仕方ない、皆には行ってもらうしかない。ツール缶をなんとかしなくてはこれ以上走れないが、かといって皆を巻き添えにはできないではないか。「足切りしまーす!」とスタッフが叫ぶ中、ひとりぼっちで自転車を降りたのだった。どうする?

今考えれば、自宅から10kmも離れていないキャンプ場にいて、後ゴールまで15kmくらいのところであったのだから、キャンプ場のどこかにこのツール缶を置いていけばよかったのだ。しかし慌てていると、なんとかして蓋をしなくては走れない、と思い込んでしまうようである。まわりを見回しても何があるわけでなし、スタッフや監視員達も足切りに追われていて忙しそうだ。どうしたらいいのか、、、雨もまた、本降りになり手に持った缶にもどんどん雨水が入るが、チューブ類はジップロックに包んであるので大丈夫だろう、、、!ジップロックだ!!

急いでジップロックを空にして、ツール缶にかぶせ余った口はジップして畳んでおく、これだけだと心持とないが、、、ボトルゲージで挟まるからいけるか?そうだ!髪の毛を縛っているヘアゴムでゲージ、ジップロック、ツール缶とまとめよう。

やった!なんとか収まった。再スタートである。
一足先にゴールしたであろう仲間を追って小湊から鴨川の海岸線を走る。いつもの道ではあるがこんな土砂降りのなかを走るのは、いつのことだっただろうか、、、せっかくの職場玄関前を通るのだが、このにわか雨では応援は誰もおらず、寂しい限りであった。信号待ちで並んでいるとお巡りさんが傘をさしており、「ごめんね?傘はひとつしかないから。。。」とすまなそうに謝るのであった。いえいえ、「私たちはあくまでこれが好きでやっているのですっ!(泣)」と軽く強がり、ずぶぬれとなりながらようやく136kmの旅が終わったのであった。私を最後に仲間は全員ゴール。二日目の目標を無事達成した。


そして明けて翌日の朝7時ツールドちば最終日。前日のゴールのあとに待機業務の傍ら、必死にサドルとシューズを乾かしチェーンに油を注し再び出走の運びとなったわけであるが、当然疲労困憊。筋肉痛はないものの、全身の筋肉が重い、パンパンである。ダンシングしようにも身体が持ち上がらない。。。私は坂はけっこうダンシングで上がるのでこれは辛い。つらすぎる。今日のテーマは前日とうって変わって、「3日目は山岳コースなので各自勝手にマイペースで走る」であるので、もうリタイアしちゃおうかなー、と始めの30kmくらいで既に考えていた。

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ぜんぜん、脚がまわりません。しかしソフトクリームは食べる。

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峠では沿道の応援も最高潮であった。なんとか歩かずに登頂したもののもう半泣きなのであった。しかしうちの部員の坂好き長老先生は、当初静かだったが、徐々に絶好調「うん、今のはイイ坂だったね!」と発言し尊敬というか、畏怖というか、ちょっとオカシイんじゃないかとか、そんな気持ちをみなに抱かせたのだった。
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3日目のお弁当も身にしみる美味しさ。

最後のエイドステーションに到着する。三日目はなんと最後のエイドのあとにまたひと坂登るという、なんというか、どうしちゃったの的コースなのだ。かずさアカデミア(ゴール)までの道は鴨川〜東京間のバスルートでもあり、だいたいどんな坂であるか鴨川住民ならば皆知っている。

さあ、最後の150mの坂を登りようやくのゴールへ。。。
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これが後日、千葉日報に掲載され、暇を見つけては熱心に何をやっているのか職場全体に知れ渡ることになった写真である。

こうして2日間で合計246kmの長いたびは終わった。自転車は自力で旅をしたという気持ちがひしひしとする。スタートからゴールまで途切れることなく自分で移動したという気持ちの良さがある。アクシデントあり、雨あり、坂あり。
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ツールドちば 成田〜鴨川編(承前) [TESTACH Tre-mignon]

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10/9の朝、天気予報は”朝夕に小雨がぱらつくかもしれませんが、日中は問題のない行楽日和”とのことで去年のようにはなるまいと安心してスタート地点に向かった。そういう風には決まってならないのがこの世の定めであることを、この清々しい早朝には誰もまだ気がついていなかった。
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成田市のゆるキャラうなりくんに見送られながら、出発した。蛇足であるが、(話が寄り道しやすいのは世の常であるので)この”うなり”くん。遠目には、なにやら青いイカかタコ、あるいはひと味足りないペンギンのような生物にみえる。まもなく成田市市長殿の説明で判明したが、イカでもタコでもなく、飛行機(成田空港)と特産のウナギを合わせ、うなぎ+なりた、で”うなりくん”なのだという。。。ぜひ全国ご当地キャラコンテストでうなりくんに清き一票を、という市長さんの妙に流暢な応援に見送られわれわれは出発したのであった。

さて、スタートは無事にしたものの、もう既に小腹が減っていることに気がついた。全員、前日の車酔いから一夜明けてもお腹のモヤモヤがすっきりしなかったので軽めの朝食で、もうそれもずいぶんと時間も経っておりいいかげん何かを食べたいところである。とはいえ、昼食会場は遥か80kmの彼方。寒さも手伝って、いつもより血糖が下がりやすいようだ。体温を維持するためにもカロリーが必要なんだなと妙に実感。最初のエイドステーションではなぜか低GI食品の某栄養食が配布され、いかんなくその効果を現したようで、ちっともお腹に力が湧いてこないのであった。次のエイドではバナナ。果たしてバナナ一本で昼食会場まで無事に辿り着けるのか。ふと前々回、空腹に耐えきれなくなった後続の後輩が、私に無断で車列を離れ、自主エイドと称してコンビニでオニギリを補給する、という後輩にあるまじき行為があったことを思い出した。後輩が後ろについて来ているとばかり思っていた私は、信号で、”いやー、いよいよツルちばを走っているね!!”と叫びながら振り返ると、そこには赤の他人のオジサンが。
『お連れのかたは、さっき一人でコンビニに入って行きましたよ』
と裏切りはあっさり露見し、知らんフリして戻ってきた後輩には大目玉を食らわせたのであった。今年は果たしてそういうことにはならず、2番目のエイドに到着。なにはなくてもバナナをもらい一息である。おなかが減らない?と仲間に聞いてみたところ、やはり皆空腹であった。が、そのうちのひとりが背中の袋からカントリー○アムを1パックとりだしてくるではないか。感謝感激、秀樹感激である。そうであった、前日バスに乗る前に見送りにきた某部長が、バスの中ででも食べなさいとくださったのだ。もらったはいいものの、なにも罪もないカントリー○アムではあったが、重度の車酔いのため皆から、顧みられず放置されていたのをこの後輩が持ってきてくれたのである。すまぬすまぬ、いつも背負って来るそのシマノの袋をダサイだの貧乏臭いだのそんな重いもの持っているから遅いんだだのけなして悪かった。これからは好きなだけそのビニール袋を背負うが良い。
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バナナとクッキーをたらふく食べたのち、みな血色良く80km地点の昼食会場に楽しく到着したのであった。
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毎年楽しみなツルちば弁当。この日は秋色ハンバーグ弁当。ハンバーグも美味しいが、なんと目鯛の照り焼きが入っているではないか。トマトもお米も房総産。右隅の白い固まりを大根の漬け物だと思って食べたら梨のコンポートだったこと以外は幸せな昼ご飯タイムなのであった。

さて、昼食も食べ終わり再スタートした。136kmのコースであるがこの昼食会場まではほぼフラット。ここから残り60km弱が大多喜〜養老渓谷〜勝浦ダムを通る難所なのだ。今回仲間内ではツルちばを3日完走を目指すもの、初めて100km超えにチャレンジするもの、様々であった。が、この日は全員で遅い人に合わせてチームでゴールすること。これを共通の目標にして走ることになっていた。そのため、昼食のエイドを出た時点でかなりの遅れが出ていた。ツルちばは速い順にアルファベット順で指導員に挟まれて走る(左程厳格なものではないが)。我々は、スタート時「M」グループにいたはずが、昼食後に始まった登坂のためずるずると後退し、勝浦ダムへの登りに向かう頃には「U」のあたりまで落ち込んで行った。しかし、今日の場合は全員のゴールが目的であるので、別段最終グループの”Z”になってしまってもかまわないのではある。
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勝浦ダム前の激坂を登る。この坂を克服すれば最後のエイド、内浦県民の森に到着する。この坂を登れず、押して上がったあの日の自分はもう居らず、今回は軽々と軽快にダンシングで登っていく、、、と言うわけにはいかず、自転車を降りはしなかったものの決して楽には登れないのは毎回のことである。今回は、登りで心拍数が上がりすぎるとみぞおちにクルということが判った。胃の辺りがゴボゴボ不穏な感じになるのであった。

さて、無事に坂を攻略しダムサイトで後続の数人を待つ。
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と、そこにツルちばスタッフから信じられない声がかかった。


「あと15分で足切りです〜急いで下さい!!」

足切り。最後のエイドで時間制限があることをすっかり忘れていた。だが、我々にはまだ数名坂の下に仲間がいるのである。。。

。。。というところまで書いて少々長く書きすぎたことに気がついた。どうにも先に進まない。今回もまたゴールまで書ききれず、次回の更新に持ち越すのであった。続く。
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ツールドちば2011を初めて二日間完走した話 [TESTACH Tre-mignon]

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また今年も同じように10月がやってきて、もれなくツールドちばの日もやってきた。最初の年は仲間もおらずさみしく走ったものが、今年は沢山のジテ友と走ることになったので嬉しい限りである。なにごとも一人より二人。ふたりより大勢居た方が心休まることは日本人的思考的ではあるが確かだと思う。

2011のツールドちば、略してツルちばは大幅にコースが変更され、初日が木更津〜成田、中日が成田〜鴨川、最終日が鴨川〜木更津という内容だった。私の参加した二日目は距離が長く最後に鴨川の自転車乗りに聞けば皆が顔をしかめる勝浦ダム前坂を含む136km、そして最終日がどうどう、1238mを獲得標高とする109kmなのであった。
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これが二日目のコースである。

ことしは社員の健康増進の名目で会社の福利厚生の援助を得て、貸し切りバスを使い成田に前日泊することにした。何故かというと、鴨川から千葉駅方面に向かう電車は夜7時台が最終なのである。夜7時、これは仕事が終わって自転車を輪行状態にしてでは間に合わない時間だ。それに路線バスが早朝深夜とも数便あるが、まさかロードバイクを10台近くも乗せられなかったからである。

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そんなわけで10/8日の夜、中型バスに乗り込みいざスタート地点の成田に出発したのであった。仕事の疲れもあってバスで一休みする予定であった。夕食も摂っておらず、ホテルのそばにロイヤル○ストがあることがわかっていたので到着後そこで食べるつもりにした。余談ではあるが、私は幾多あるファミリーレストランのなかでロイヤル○ストがだいだい大好きなのであった。早く着いて、オニオンスープやらコスモドリアやら、ハンバーグやら、どしどし食べたいものだ。夜の鴨川有料道路は車も少なく、バスは順調にまがりくねった道を進んで行くのであった、、、が。。。

。。。
。。。。
。。。。。
。。。。。。

おえー

まっくらななか、バスに揺られ房総丘陵地帯をこえているあいだに、ひとりまたひとりと気持ち悪くなっていった。。。さあ思い出してご覧。幼かったころ、遠足の楽しみとともに、いつもつきまとっていたあの不安、あの懐かしいバス酔いを久しぶりに皆でいやおうなしに味わっていたのだった。

這々の体で成田着。くだんのファミレスに向かったものの、みなの足取りは重く。頼んだ注文も、それぞれサンドイッチ、スープのみ、ヨーグルトでいいや。。。などなど、病院食かと思しき内容なのであった。あんなに食べたかったロ○ホのハンバーグはどこに行ったのか。全員、天国のマータイさんが見たら、おちおち死んでも居られないとこっちに戻ってきそうな程に食事を残し、がっくりと肩を落としてホテルに帰ったのであった。

そして迎えたスタートの朝。一夜明けても全員まだ久しぶりの車酔いを引きずっていたため、お腹いっぱい朝ご飯と言うわけにもいかず、コンビニで多少補給をしたあととりあえずスタート地点に向かったのであった。なんだか、おなかの様子も雲行きもあやしい2011年のツルちばが始まった。(続く)
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