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お久しぶりです。活動再開中 [その他]

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みなさま、超お久しぶりです、kayoです。生きております。そして自転車も乗っています。
先週末の、菜の花サイクリングも100kmほど霙と向かい風のなか走ってきました。
去年の暮れにまさかの体調不良、入院、手術と、ブログにかけないことばかりつづいていたのですが、不思議と自転車に乗ることは最初から決まっていたかのように、再開したのでした。

とはいえまだ天候は厳しく、はやく鼻歌まじりのサイクリングができる季節にならないかな、と思っております。。。

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あけましておめでとうございます! [その他]

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新年あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがいいたします。

更新が滞っていて、ちょっと後ろめたい毎日なのだが、自転車にはちゃんと乗っております。

10月に石垣島、11月にはなんと台湾自転車旅を決行し、12月にはあの、箱根を走り玉砕。本年の目標に、箱根旧道を脚を着かずに登ることとしたのであった。

そのためには、試験勉強と年末年始で蓄えてしまった皮下脂肪をなんとかしないと、自転車で前傾姿勢で走っていると、お腹が逆Eの字みたいになっちゃってみっともないったら。
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これがもう少し引っ込まないと、ちょっとかっこわるくて、ブログをアップできないと思うのであった。。。

今年も、房総のどこかで650cのロードバイクで走っています。何かと声をかけてくださったら嬉しいのだった。

カエルきたる [その他]

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今年の寄せ植えはミントとイチゴとプチトマトとレモン何とか(忘れてしまった)だ。カエルの休憩用に植えているだけなのでもっと葉っぱの大きく丈夫な植物は何かと考え中なのである。やはりバジルのほうがいいのだろうか。。。

夏風邪の襲来により、書かなくてはならない自転車記事をアップ出来ないまま7月が終わろうとしている。しかし、彼方より確かな回復の兆しあり、全快の暁には舞い戻って来る所存なのだ。

今年初めてのアマガエルが今日やってきた。今、大雑把に記録を見てみると一昨年が7/1に、去年が7/25日にそれぞれ一匹目が我が小さな2階のベランダに来ている。あまり雨期とは関係がないようにも思うが、どうなのだろうか。今年は昨日まで姿が見えず3月に例の爆発があったから、もうカエルはダメかな、卵やオタマジャクシのうちに死んじゃったかと、寄せ植えを準備しながらも悲観していたので、大変嬉しい。蝉も鳴くのが遅いんじゃないか、少ないんじゃないかと心配していたが今日はミンミン、ジージー、大盛況だ。ぜひ毎年このカエル君達にはうちのベランダの葉陰で涼をとって頂きたいものである。

療養中のため今日はここまで。

頑張れ鴨シー(鴨川シーワールド営業再開) [その他]

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太平洋沿岸の都市でガソリン不足、計画停電、電車も不通(今日から普通電車の運転再開)ときてしまうと、房総の観光都市は大打撃です。しかし、当地の観光の目玉『鴨川シーワールド』は営業を再開した(3月19日(土)~4月3日(日)時間短縮営業のため行く人は事前に確認を)。それどころか、福島県いわき市小名浜の水族館「アクアマリンふくしま」からセイウチ2頭・トド3頭・ゴマフアザラシ2頭の避難を引き受けたのだった。偉いぞ。

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一方当方も頑張って節電中。。。

たしかに関東地方は節電中ではありますが、かといっていつまでも気分まで暗く鬱々しているわけにもいかないと、早速仕事の合間に鴨川シーワールド(略して鴨シー)に出掛けてみた。それにこんな時期でお客さんが少なくて経営がどうにかなったら、大変なことだと思う。なので地元民としては、元のように休日には観光客が押し掛けて来るようになるまで、ちょくちょく出掛けて応援しなくては。

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私の新車ではありません。妹のロードレーサーを去年からコツコツと改良中、試運転を兼ねてのお出かけなのだ。
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チネリの「リトルウイング」サイズXXS
残念ながら今年からカタログ落ちしてしまった車種である。
妹は私と同じくらいかまだ低いくらいの身長なのであるが、脚の長さは向こうが長いという、ふと人類の進化とか、個体発生は系統発生を繰り返すとか、要不要説とかが頭をよぎるのであった。
それにしてもやはり700cはきついので、私と同じ650c仲間である。チネリのハンドルではちょっと大きくブレーキ操作が疲れるとのことなので、サンエスのジェイフィットに交換。車体に合わせてハンドルとステムとサイコンは輝く白。バーテープ・ボトルゲージ・バルブキャップ・サドルバッグ・ライドがシルバーという、わたしの美的センスを総動員した東京をイメージしたオシャレロード(笑)である。えっへん。もうちょっとスペーサーを抜いてハンドルを低くした方がかっこいいのだが、、、乗りやすさの方を優先である。

さて、肝心の福島から来て早速営業活動をしているセイウチ君やトド君だが、、、よく来たね!ようこそ鴨川へ!!と、声をかけようとよくよく見てみたのだがどっちが元から居た方でどっちが福島から来たほうなのか、全然見分けがつかなかったのだった。あたりまえか。

その後 [その他]

あーじてんしゃ乗りたい!!

しかし太平洋プレートの南半分(踏ん張っているのか?)のすぐ隣で暮らしている身としては、なかなかそうも言えないのであった。余震もあるし。
ここは原発から直線距離で200kmちょっと、あの原発の前の海岸線をまっすぐ走ればうちです。なまじ自転車なんかに乗ってブルベにでたりしたから、200km。。。平坦だし、たったの10時間ちょっとの距離だよな。と思ってしまうと、どうしようもなく不安なのであった。うーん、距離感が変わった副作用かな。

しかしこちらは被災者の方を受け入れる身。笑っていつもどおり仕事をするしかありません。がんばろう。

私たちは、いままでこの日本で豊富な物、エネルギーに守られて生きてきました。石油がなく、資源を持たないこの国では原子力発電がその経済活動を維持するために必要であったこと、それがあって私たちは今まで暮らしてこられたこと、は認めなくてはなりません。いま、その力を享受した私たちが直面している原発の爆発と言う苦いパイ、みなで分け合わなくては。。。どうしたらいいのだろう。

。。。来年の今頃、春になってじてんしゃに乗って、あの時は大変だった。皆で一生懸命頑張ったよねと晴れやかな気分で笑っていたい。絶対にそうなるように!!

一夜明けて [その他]

職場に缶詰でした。
被災地のかたに比べればなんのこともない程度ですが、道路と電車が通行止めになるとここ房総の南端はアクセスを失い、陸の孤島化しています。ガソリンは一人3000円まで、コンビニはこの通り。でも明日はアクアラインから物流が戻るでしょう。未曾有の災害。皆で乗り越えなくてはなりません。
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続きを読む その時、、、


自転車シーズン開幕前 [その他]

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テスタッチのハンドルに結わいて大事に持って帰ったポピーの蕾ですが、切り花を長く持たせるには、毎日の水交換と花瓶の洗浄と水切りが大事です。そうしないと、水が腐って花もダメになっちゃうわけです。ポピー15本、選びに選んで摘んで、苦労して持って帰って来たわけですから、なんとしてもキレイに咲かせたいのだ。
。。。
。。。はっ
。。。明日から3日間出張じゃあないですか。

そうなのであった。毎年2月なかばに信州でお仕事があるのであった。それが終わっても二日置いてまた今度は軽井沢にスキーに行くのであった。一週間に長野新幹線で二往復する羽目である。しかし、長野新幹線に乗って思ったのは、『安中榛名(あんなかはるな)』ってローマ字で書くと、なんの冗談なのか?というくらい字面が面白いのであった。だって、annnakaharuna、である。しかも車内英語放送の女性も『。。。アンナカハルナ?』とか疑問文になってしまっていておかしさ倍増なのであった。

さて、仕事はともかく、ポピーの面倒を上司と後輩に任せ信州の会場に向かったのであった。毎日水を換えることと5−10ミリくらい茎を切ることを真剣にお願いしたのである。長野の駅から観光バスで山に分け入ること1時間超のところが目的地である。バスに乗ってから、忘れ物に気づいたのであった。コンタクトレンズの洗浄液である。まあ、コンビニに売っているからいいか、と高をくくっていたのだが、会場に近づくにつれコンビニどころか人家も疎らな感じになってきたのであった。いちおう無事到着。
現地のスタッフから近隣の簡単な観光マップは頂いたものの、最寄りのコンビニまでどのくらいの距離かも判らないしあまり目印になるようなものもなく、とりあえず北アルプスの山々に向かって歩けば良いらしいということだけを頼りに昼休みに出発したのだった。まあ、スノーシューズだし自転車用の防寒インナーとスキーの上着、革手袋とボマーハット(耳当てのついている猟師みたいな帽子)と装備はあるので大丈夫だろうと信濃の道を歩き出したのであった。
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さ、寒い〜
予想以上の寒さであった。どうりでスタッフに止められたはずである。ちなみに、歩道は除雪されていないので、車道を歩くしかなく寒いも寒いが車にも轢かれそうで怖いのであった。
あー、自転車持ってくればよかったなあ〜。こんな寒さも、知らない道も自転車ならかえって楽しいくらいだっただろう。もちろんトレミンでもいいし、確かにちょっと雪があるとこもあるので、タイヤの太いプログレッシブ(クロスバイク)でもいいし、もちろん輪行しやすいダホン・カブ号でもいい。どれでもいいから持って来るんだった。もう30分も歩いているのだ、その間自転車はおろか、歩いている人にすら会わないのである。さみしい。

と思っていた頃ようやく。
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コンビニ発見!!洗浄液も手に入りATMでお金も引き出せたのでようやく安心したのであった。

そうして残りの日程もこなし、いざ房総半島への帰路についた。夕方から別件で仕事があるので全然時間に余裕がないのであるが、長野新幹線を上野で途中下車した、なぜか。
この日、うちの妹が某ご当地キャラの「中の人」になるらしいのだ。これは見逃せない。上野で降りて妹をヒヤカし、山手線で東京駅に向かえばさほどのタイムロスもないだろう。間に合うはずだ。急げ!
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おおっと〜!いきなり発見である。間違いない、「あの」赤いお尻は間違いない。チーバ君である。いやっほー。
さっそく追い付いたので、まあ、まず大人として、姉として挨拶はしっかりしなければ。これで妹の職場での評価も上がるだろう。
「どうもー○○ ○子の姉でございますぅ〜、いつもお世話になっております〜、あ、写真とってくださいね、どうもどうも〜どうですか?○子はご迷惑をおかけしてませんか?」などと明るく朗らかに自己紹介である。は、そうだ本人も励まさないとね!
「○子ぉ〜、お仕事頑張ってね〜♡」バンバン(着ぐるみを軽くハタく)

、、、反応がない?

??
???

スタッフのかた『あの、○子さんはですね、今日は外回りでその中には入っていらっしゃらないのです・・・』


ガーン!

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ま、そういう勘違いもたまにはあります。でもめげずにチーズ!

この写真を撮って逃げるように東京駅に向かったのであったが、途中で携帯に妹から着信が2回もあった。きっと感謝の電話だったのに違いないのであった。

さて、いろいろあったが無事戻って来た。心配していたポピーはというと、男性陣が心を込めて(半分は私が怖くて)面倒をみてくれていたようで。。。
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ちゃんと春がきました。

さてさて、雪も降ったし、スキーもしたし、花も咲いた。そろそろうちの裏の薮にウグイスがやってくる。いよいよ来週からは自転車シーズンが開幕できると思われるのであった。とても楽しみである。今月は自転車話が少なくて申し訳なかったです。これからも楽しく書きますので、皆様、是非ヨロなのであった。

予想外 [その他]

十勝から帰ってきて、仕事が急にお忙しです。
泊まりがけで朝も昼も満足に食べられず、言葉が出なくなり、手が震え自転車に乗っていないのにハンガーノック体験中。へとへと子なのです。とりあえずお風呂くらいは入りたいぞ。ではまた〜。

100%自転車に関係ない話 さようならまりちゃん [その他]

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今朝、うちの実家の猫が死にました。推定年齢21歳の大往生。

今はない横浜の実家に家族全員で住んでいた頃に、ふらりと庭に迷い込んできた猫でした。(その時もう中猫?くらいだったので本当の年齢はわからない)
小さいときから猫を飼いたかった私は玄関先まできたこの子に、こっそりと母が夕食に用意したストロガノフのための牛肉をかすめてきて食べさせたのだ。家族には内緒だったが、というのもうちは当時一種自営業だったので、あんまり家に猫がいるのはよくなさそうだったからだ。
ところが父も、祖母も(祖母は動物大嫌いだったが父が猫をかわいがったため)かつぶしやらなにやらあげていたらしく、あっさり毎日玄関前に現れるようになった。

家に入れるのは駄目だけど、外で飼いましょうとでっかい犬小屋を庭に購入。庭と玄関までが最初のテリトリーだった。名前は当時流行っていた、ちびまるこちゃんから”まるちゃん”にしようと提案したものの”おまる”みたいだから、と却下され、まりちゃん、という名前にした。
その年の冬に徐々に家の中まで入ってくるようになっていたが夜は外に出していた(今考えると意味不明だ)、ある日の朝凍えて、ヨロヨロになって帰ってきたまりちゃんを見て、家族全員で、もう外に閉め出すのはやめよう。家の中で飼おう、と決めたのだった。
この時、おそらく軽くなにか事故にあったのだと思う。2−3日足を引きずっていたがすっかりよくなったのでしばらくこの事件は忘れられていた。

8歳頃、もともと吐きっぽく小さい猫だったが、頻回に嘔吐するようになり胆汁も吐き、なんだかわからないが、もう駄目だろうという状態になった。駄目もとで大きな動物病院に行くと、なにか昔に骨盤骨折をして骨盤が狭くなっていて、そこのところで腸閉塞を起こしたらしいとわかり、緊急手術、一命を取り留めた。すっかり元気になり、その後父も亡くなり横浜の実家から川崎、東京と引っ越したがそれぞれの家で適応してたのしく暮らしていたように思う。

ここ2年くらいはすっかり衰えて、目も見えなくなったが名前を呼んで撫でてあげるといつものようにゴロゴロしてくれた。2週間ほど前に実家に留守番して2日ほど一緒に居たが、理由はわからないけどその時もうこれが最後だろうな、と感じた。

もうそろそろ天国かどこかに着いて、父と再会して仲良くやっていると思う。いろいろありがとう、さようなら、まりちゃん。

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