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四国初上陸して峠を越えた話 [TESTACH Tre-mignon]

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今年の夏くらいから、ひとつの計画があった。年に一度の社員旅行に自転車を便乗させる計画である。
社員旅行、そう、1泊とか2泊とか、観光して夜は宴会。のあれである。今年は四国ツアーと決定したと聞いてますますその気になったのである。さすがに、社員全員が四国に3日も出かけてしまうと社会的に大変なことになるため、例年決まって3班に別れて旅行するのであった。私は最終の第3弾、12月の班に参加することになっていた。

第一班、第二班と社員旅行を終えたところで、早速聞き取り調査に入った。なぜなら、どの段階で自転車で離脱すれば一番穏便かということを知りたかったからである。
ちなみに、飛行機とレンタカーとホテルのみ決まっており、あとは参加者どうしで民主的に話し合って旅程をこなして帰って来る。という企画なのであった。まあ親睦を深めるために、敢えてバスツアーガイド付き等にしていないということだそうで、決してコスト面からの措置ではなかったと信じたいところである。それにしても大まかな行程は予め示されており、このアウトラインと三班目で大概ボロボロになってきているマッ○ル・四国2010−2011版で旅をするのである。結局我々のとった計画はこうだ。

高知→カツオ食べ→レンタカーでどれかわからないけど、どれかの道を通って愛媛・松山に辿り着き→道後温泉・今治→翌日は松山観光し、どうにかして徳島県まで行って大歩危・かずら橋観光→香川県入り金比羅泊→最終日、うどん三昧→帰宅。

全然、ゆっくりできる気がしないよ。。。

さて、そうは言っても、みな楽しくリフレッシュしてきたのに違いない。既に社員旅行から帰ってきた同僚達に話を聞いてみた。

「四万十川を探して彷徨って半泣きだった。」(土佐空港から四万十川観光して松山に行きたかったらしい)

「大歩危渓谷への道で車酔いして、泣いて車を止めてもらった。」

「かずら橋で腰を抜かした、なぜ500円も払ってこんなめにと企画者を恨んだ。」

「うどん屋5件も連れていかれ、苦しくて号泣している後輩がいた。」

何だか、少々不安な気持ちもあり、それでもいよいよ12月初旬の某日、出発の朝がきた。が、早朝からかなりの大雨である。しかも集合時間ジャストに久しぶりの大きめの地震がよった。何ヶ月かぶりで緊急エリアメールのふぁ!ふぁ!ふぁ!!も聞いてしまい、この旅、大丈夫だろうか。またまた、色んなこと(主にはトラブル)が起こって、最後に寝込む羽目になったりしないだろうか、と改めて心配になったのだった。しかし、判っていても、人はそうせざるを得ないということがあり、人は飛んで火にいる夏の虫とか、因果応報とか言うのだけれど、それでも自転車を持っていくのであった。

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無事に高知龍馬空港に到着である。無事にと言ったが、既に羽田で前を歩いていたご高齢の御婦人が、突然バッタリと倒れ、ひと騒ぎあったことなど有事のうちには入らないかもしれない。もちろん、御婦人をしかるべき方面にお送りした後、自転車を担いでチェックインカウンターまで猛ダッシュしなくてはならなかったが。

と、いうところで、前置きが長いのはいつものようであるが、四国も自転車も峠越えも書かないうちに話は次回に続くのだった。
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西表島ポタ 八重山諸島でサイクリングした話 後編 [TESTACH Tre-mignon]

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石垣島アースライドのツアーにはオプションがついており、大会の翌日に西表島に自転車持参で渡りサイクリング+トレッキング+ジャングルクルーズをするツアーであった。なかなか魅力的なのと、船で自転車を運んでくれる、そのあと帰りに石垣港で宅配業者が自転車を集荷してくれ手ぶらで千葉に帰れる、というメリットがあった。
せっかく、石垣島までロードバイクを持って行くのだから、一日だけではもったいない。これはひとつ、となりの西表島でも走ろうではないか、という話になったのは自転車好きなら理の当然であった。
全員一致となったので、さっそく出発も来週に迫って来たころ、予約の電話をしたのであった。

が、とっくのとうに、満員御礼であった。そうなのだ、かなり人気のツアーということは知っていたのだが、「今頃電話されても、キャンセル待ちを含めていっぱい」という驚きの事実なのであった。

しかし、何度も八重山を旅したことのある自分の経験をいかせば、自力で西表島ポタをすることは可能なはずである。石垣島から各離島に向かうのは主には高速船である。ここにロードバイクを持って乗れれば、まずは大丈夫。今までの記憶をたどってみると。。。大きな荷物を乗せている人もいた気がする。ただし自転車はみたことはないが、、、ここはおそれずに当たってくだけろと各船会社に電話してみた。

結果としては、「たためばタダ、そのまま乗せるなら片道1400円」との返答を得たのであった。やはり、船は自転車に優しい。そして、石垣に戻った後も宅配便業者さんと交渉して西表アースライド公式ツアー参加者と同じ扱いで自転車を集荷してもらえることになった。公式ツアーが西表島から石垣港離島ターミナルに戻って来るのが17時〜18時だが、17時には集荷を始められるとのことであった。離島ターミナルのどの場所かは、『そこに居ればわかる』とのことであった。ちょっと不安もあったが、確かに年々石垣港が近代化されてきているものの、あそこはさほど大きな港でないし、、、これで自転車移送の算段も付き一安心である。結果として全然安心している場合ではなかったことは、今ならあきらかなのだが、、、毎回毎回、伏線通りにトラブルが降り掛かって来るのであった。予定調和とか様式美とかそんな言葉も頭をよぎる。


そんなことはつゆ知らず、当初の西表ポタのコースはこうであった。西表島を半周するコースである。つまり、西表島は沖縄県で本島に次いで大きな島なのであるが、西半分はその険しい地形から陸路での移動ができないというほどマングローブの生い茂った野生の島である。話は横道にそれるが、八重山諸島、それぞれの島にそれぞれのイメージがあるように思う。石垣も西表も同じような沖縄の離島と感じるかもしれないが、全然似ていない。石垣は華やかなブルーやエメラルドグリーン。西表はもっと濃い緑や茶色のイメージだ。もっと深い色というか。。。波照間島や黒島、竹富島などそれぞれの個性(島に個性というのもなんだが)がある。
この西表島の道路のある東半分を走る計画である。ちょうど南と北に港があり、行きは南の仲間港に帰りは北の船浦港から船に乗ればいいのである。ちょうど真ん中に確か立ち寄り湯のある温泉施設もあったし、水牛車で有名な由布島もある。完璧だ。時間が余れば浦内川のクルーズをしてもいい。

と、石垣島アースライド125kmを走った翌日、意気込んで石垣離島ターミナルについた我々の目に飛び込んで来たものは。。。


「船浦港〜石垣港ルートは冬期のため欠航」

なんということであろう。事前にあんなに相談した計画であったが、いきなり変更を余儀なくされたのだ。南端の仲間港しか使えないということは、島の西半分には道路がないので、折り返しするしかない。これくらいのことは、もはやトラブルのうちには入らないのかもしれない。さっさと気を取り直してのんびり西表島を北上し、由布島で水牛車に乗りのんびり帰って来ることにしたのであった。

そう決まったのでさっそく西表島行きの高速船に乗船した。輪行するものは自転車を畳み、1400円でそのまま乗せるものも、それぞれの選択ということになった。
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そうこうして、無事西表に到着。
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前日と打って変わって風もなく我々はパーティーで買ったお揃いのジャージを着て気持ちよく走って行く。
”ヤマネコ注意”の標識が沢山あるのだが、もちろんこれは、ヤマネコに襲われる注意なのではなく、ヤマネコを車で轢かないようにという警告である。もちろん数が減っており、そうそう簡単にイリオモテヤマネコの姿を拝むことは出来ないのである。が、間違ってもロードバイクで轢いたりしたくないなと思うのであった。
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マングローブの林の中を適度のアップダウンをこなしながら、由布島に到着。ここまで、私がデジカメを置き忘れて皆で3kmほど戻って探したくらいでトラブルなしである。大変良いことであった。

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水牛車に乗って由布島観光。来年丑年だったら、この写真が年賀状に使えるのになあと思うが来年は辰年でかなわないことなのだった。さて、予定の船に乗るためにはそろそろ水牛車に乗って西表に再上陸しなければ。水牛車は30分おきに渡っているので、時間はちょうどである。急げ!!
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あれ。。。?
途中の土産物店などで足を取られているあいだに、水牛車の一陣はとっくに出発してしまった。つぎは30分後。これに乗り遅れても、帰りの船にまにあう時間はあるはずだが、、、がっかりして肩を落とす我々。

すると、一台の水牛車が戻ってきた!しょぼくれている我々を不憫に思った御者さんが引き返して迎えに来てくれたのであった。やはり南の島感覚はいい。ありがたく乗せて頂く。ちなみに水牛君の名はユウジロウ君であった。

ここで話はまた横道にそれるのである。この翌日私はご承知の通り旅先で寝込んでしまったのであるが、皆は竹富島に観光に行ったのだ。そこであった衝撃の事実である。これは私自体がパプニング王なのではなく、この団体自体にそのような吸引力があったことを示す好例であった。彼らは私に見送られ、竹富島に向かうべく、同じ石垣港離島ターミナルについた。トイレに行ったり買い物をしたり、さて、時間で乗船しよう。と指定された桟橋に辿り着いたところ、彼らの目に入ったものは、そう予定調和的に皆さんもおわかりと思うが、そこには竹富島にむかって陸を離れて行く船の姿があった。ええええ〜!とさけぶ彼らであった。と桟橋に居た職員の方が、『ん?あれに乗りたいの?そう。おおおーいちょっとこの人達のせてえ〜!!!』
と、声の限りに叫んでくださり、すると。なんと出航した船がバックして戻って来たという。。。
かように、八重山のひとたちの優しい心に守られながら、我々は旅を続けていくのであった。ご迷惑をおかけしてばかりで申し訳ないのである。

さて、西表島の話である。由布島観光も無事?終わり、西表島に別れを告げる我々であった。あとはこの自転車を集荷してもらってその後は某FBで2ウン年ぶりの再会をした幼なじみと実際に会う予定なのである。彼女は石垣島でレストラン"UliUli cafe"をなさっていて、そこのイチオシはハンバーガー!なのだ。なんという符合、自転車乗りとハンバーガー。ともすれば、ハンバーガーの輝きに押されて20数年ぶりの再会が霞んでしまうくらいである。そんなことないか。とまれ、西表島を30kmほど走り往復輪行したわけであるので、当然空腹と前日のこともあり、お肉が恋しくなっても不思議ではない。さあ、石垣港で自転車を集荷してもらおう!




。。
。。。
。。。。

17時すぎになっても、宅配便業者の姿もトラックも見当たらず途方に暮れる我々。いくら亜熱帯の八重山/石垣島とはいっても。11月も末のことである。だんだん風も出て来て寒くなって来た。もう全員自転車はクイックやペダルも取り去り完全に解体しており、準備万端、心はハンバーガーなのだが。宅配業者の事務所に連絡しても情報があまりなく、港の某観光船の船着き場の近くであるということしかわからない。確かにそこは発着場の海に向かって右端にあり、トラックなどが止まるスペースがあるので、ここで正しいようにも見えるが。。。実際ゆうパックやちがう宅配便業者のトラックは出入りしているし。
それにしても、寒い。お腹も減った。。。
我々の忍耐も限界に達した頃、一艘の観光船が到着した。みなサイクルウェアを着ているところを見ると、公式ツアーの人達だ。とすると、場所は合っていそうだ。しかし、なんだか船が小さい、とても人数分の自転車を積んでいるようには見えないが。。。
船から人々は手ぶらで降りて来る。彼らの自転車は船には乗っていない!!そして皆バスに乗ってどこかに行ってしまった。


ここで、いろいろな情報を総合して事実が徐々に判明したのであった。1)公式ツアーの人達とその自転車は別々の船で石垣島に帰って来る。2)集荷は自転車のほうの船が着く場所でおこなわれる3)そこは1kmくらい離れた港の反対側の桟橋である。
そして我々はペダルも取り去られ、完全に輪行状態になっているそれぞれの自転車をじっと悲しく眺めたのであった。

われわれが、やっとのことで集荷場に辿り着いたとき、日はとっぷりとくれていた。他の参加者は集荷を終え、我々の分だけ残されていた。預けていた輪行バッグ/コンテナを引き取り自転車を真っ暗な中で詰める我々は、空腹で寒くて悲しかった。これから食べるであろうハンバーガーのことだけが頼りであった。今回の旅、色々合ったが、パンク修理と輪行に関しては全員かなりレベルが向上した。それも収穫であったように思う。

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そして、やっとのことで旧友と再会すべく玉取崎に到着。今日のディナーは我々のために考えてくださった特別メニューであった。というのはハンバーガーは通常ランチでディナーメニューに入っていなかったのである。

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皆には20年ぶりの再会、と話していたが実はそれはサバをよんでいるのであったが、この料理の前ではそのような細かいことはもうどうでもいいのであった。普通は量が多くて皆さん残す、と予め言われていたが、そこはわれわれ自転車乗りである。楽勝で完食。今回の旅で一番のグルメイベントは成功したのであった。おいしかった〜。


このようにして、石垣島アースライド、西表島ポタ+再会イベントの私の夏休みは終わった。この夜から高熱を出しその後しばらく寝込んでしまったのは皆さんもご承知の通りである。年に一度でハッスルしすぎるとこうなるようであるので、もう大台にのっている年齢でもあるので、反省して来年からはもっと自転車で身体を鍛えてもっとドンドンと弾けていきたいと思うのであった。





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石垣島アースライド 八重山諸島でサイクリングをした話 [TESTACH Tre-mignon]

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15年近く前から、特別な休みは八重山諸島に行くことにしているので、かれこれ10回位は石垣島を訪れている。年とともに、島も様変わりしているけれど青い空、紺碧の海、のんびりとした空気感、食べ物もおいしく、治安も良好。わたしのなかでは海外の南の島よりダントツで魅力満載なことに変わりない。

そんな石垣島でロングライドのイベントがあると聞けば、行かないわけにもいくまいと去年初参加したのであった。それを職場のサイクリング同好会で石垣島がどんなに素晴しいところか、このイベントがどんなに楽しいか、力説していたところ、では今年はkayoの引率でみなで行きましょうという運びになったのは当然とも墓穴とも言えるかもしれない。

そんなわけで、妹も含む総勢8名が先月開催された石垣島アースライドに参加したのであった。

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イベント前日に石垣島に到着、今年はスタート/ゴール会場の隣のホテルを予約したので登録とゼッケン受領はスムーズだった。
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去年は飛行機輪行したのだったが、今年は人数も多くイベント側の集荷宅配を利用したのでスタート地点で初めて自分の自転車に再会した。どこも壊れていないか全員でチェックし自転車を組み試走する。
天気はあいにくの曇り時々雨ではあったが徐々に回復傾向ということだったので、早速その夜は市街に繰り出して景気付けの乾杯を
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やはり石垣牛〜
なぜ前日にこんなに大量にタンパク質をとってしまったのか、お利口さんのすることではなかったな、と後から思い返すのだった。一転翌日はひもじい思いをすることになるだったが、そのときは当然思いもよらないことである。

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当日、まだ暗いうちからスタート。ここで我々はツールドちばであんなに痛い目をみて決めた鉄則をさっそく忘れてしまう。我々は軟弱職場同好会なので足切りとの戦いの話でレベルが低くて恐縮なのだが、その勝利の方程式はズバリ、”なるべく早くスタートする”ことである。ちなみにその二は”休憩は短めに”である。
にも関わらず、南国のイベントののんびりとした雰囲気につられ、後方よりでスタート、この時点で既に30分経過していた。しかも1人佐川急便のコンテナに預けた荷物の中にシューズを忘れた剛の者がいて、佐川さんがコンテナを明けてくれるまで(スタートより1時間後)スタートすら出来ない仲間がいたのであった。。。雨も降り始め、アースライドの幟がちぎられるように風にたなびき、「前途多難」という言葉が頭をなんどもかすめるのであった。

去年と同様のこのコース、125kmの最長距離を走るにはいわゆる足切りがあり、午前11時に船越漁港のエイドを出発しないといけないのである。そして13時までに全員が復路に入らなくてはならない(折り返す)というルールがある。7時スタートで11時までに4時間で60km弱を走る。楽勝なはずである。そのように皆にも話した。しかしなぜ人は思い出は全て楽しく美しく語ってしまうのであろう。”峠もないし、ツルちばより楽”その言葉を事前に連発したために後で皆に軽く嘘つき呼ばわりされるはめになったのであった。

さて、シューズを忘れた一人を気にしながらも残り7名でスタート。今回の旅の前にサイクルショップのマスターから送られて来たメールには、”この時期は新北風(ミーニシ)が吹き、それに乗って、渡り鳥が北からおりてきます。”と詩的な一文があった。なるほど沖縄、風に乗って渡り鳥が。。。

と、それは詩的な表現ではなく的確な気象学的記述であったことにスタート早々気がついたのであった。今回のイベントは石垣島の最北端の平久保崎灯台を目指しそこから折り返すコースなのであった。つまり、それは足切りの時間帯から運良く最北端の灯台に到達するまでずっとずっと向かい風という運命である。


そして、向かい風に脚をとられた我々に次に襲いかかったのは、補給不足の問題であった。去年とエイドの内容が違うのか、はたまた我々が遅く到着するためか、ほぼ食べられ尽くされていたのである。これは特に復路になると殆どなにも残っていないという状況になり我々を苦しめたのであった。また、去年の経験から、”ツルちばのエイドにはバナナだけだけど、石垣島にはサーターアンダギーやオニギリや天ぷらやケーキなどがある”と皆に自慢していただけに、皆の視線が辛かったのであった。しかしやはりここは勝利の方程式その3として、いくら商業ベースのイベントとはいえ、”補給食は用意しておく”ということにする。

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石垣島アースライド名物、新城選手のご家族の応援(私設エイドステーション)である。こちらでサーターアンダギーと果物、シークワーサージュースなどを沢山頂き、声援もうれしく頑張って再び北を目指すのであった。

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風は相変わらず強いが、雨が止み南国らしい風景のなか頑張って北を目指すのであった。そうえば去年も、アップダウンが激しくキツかったっけ、、、と美しくない思い出の方も徐々に思い出されたのであったが、皆には言わないでおいた。
と、いう訳で我々鈍足集団は全員いつものように11時ギリギリで足切りを免れ、一路灯台を目指したのであった。それにしてもこの足切りギリギリ、最後尾、というのがなんだか定番になっているような気もする。

一応足切りは免れたが、13時には引き返しルールがあり早く灯台に辿り着かねばならぬ。まさか10キロに2時間はかからないが、灯台に付くまで登りが連発し侮れない。急げ!!
ここからは本当に最後尾担当のスタッフさんがうしろに迫っており、殆ど写真を撮れなかった。全員が足切りを切り抜け帰りは追い風、それまで頑張ろうとペースを上げ始めたそのときだった!





ガチーン☆ カン、カン、カン、、、
前方を走っている他の自転車から何かが弾かれて私の自転車に当たった?!
クランクを回すと規則的に後ろの方でカンカンと不吉な音が。。。
最初に頭に浮かんだのはスポークが折れたのではないかということであった。良ければサイコンの受信部とスポークが接触しているとか。。。
おそるおそる自転車を停めて、後輪を見てみると、ま、まさかの



パ、パンクだあ〜

飛んで来たのは絵に描いたような折れ釘であった。思い切り踏んだらしくタイヤの真ん中に突き刺さっている。飛び出た折れ部分がブレーキアーチかチェーンステーに当たって音がしていたらしい。この釘、抜かないわけにはいくまい。が、ツライ行為ではある。そう、まるで映画『ダイ・ハード』で主人公が身体に刺さった破片を自分で取り除く時のようだ。

思い切って釘を引き抜くと、当たり前だがタイヤから空気が勢いよく噴出し、みるみるうちにへなへなになっていくタイヤと自分なのであった。このとき、この場所でパンク。最後の足切りが目前だと言うのに。
ここで白状すると、私にとってこのイベントは2回目でありすでに完走している距離とコースだ。いまさら自分にとって挑戦というようなイベントでもない、皆に完走してもらうことの方が難易度が高い。などど驕り高ぶり民の気持ちを忘れたドラクエとかに出て来る王様のような尊大な気持ちでいたのだ。それを訂正せねばならない。このパンクを乗り越え皆に追い付き、完走すること。果たして間に合うだろうか。

急いで、後輪を外しツール缶を開けようとした時、メンバーが2人追い付いて来た。
『パンク?』その一言だけだった。心が通じるとはこのことだろうか、缶から道具を出し新しいチューブに少し空気を入れ準備する一人、残り二人はタイヤを外しチューブを抜き取る、新しいのを入れ二人でレバーなしでタイヤをはめ込む。その間にもう一人がフレームポンプを準備する。最後は三人がかりで空気を目一杯押し込む。それはF1カーのタイヤ交換もかくあるべしというくらいのチームワークであった。ちなみに次のエイドで指定空気圧まで入れてもらおうとメカニックに見てもらったが、6気圧ちゃんと入っており驚かれたのは使ったのがmini morphだったということを考えても、賞讃に値するだろう。仲間と言うのは本当にいいなと久しぶりに思った。そして他人を手伝うことこそあれ、自分が人の脚を引っ張ることはないだろうと思っていた、その無意識の傲慢さに気がついたのであった。

パンクを驚くべき速さで修復し、暫く走った橋のところで残りのメンバーも待っていてくれた。本当にギリギリだ。と全員の無事を確認し出発しようとした時、一陣の風が!そしてなにやら小さい黒いものが飛んで行って橋の下に落ちた!

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この写真を撮った後に落下事件は起こった。
女性メンバーの新調したばかりのグローブが風に飛ばされ、そこが橋の上だったばかりに河口に落ちてしまったのだ。そもそもココに停まっていたのは私がパンクして遅れたからであり、いやさっきも飛ばされそうになって注意されていたのに私が不注意でした、後半は手袋なしで走ります、などとやり取りがあったのだが、ここはやはり地球環境のことも考えると拾わなくてはなるまいということで、数人で橋のたもとから河口まで法面をつたってグローブを回収したのだった。これでシャレにならないくらい最後尾決定であったが、改めて皆一団となり再々度灯台に向かって出発したのである。
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灯台手前のきつい坂を登り、

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そして当然最後尾ではあるものの念願の石垣島最北端に到着。感動にひたる。ここまで辛かった。でもこれはゴールではなく折り返し地点なのだが、このイベントの頂点という感じでもある。

復路に関しては、追い風であったこともありペースを上げられた。アクシデントもなく午後4時、全員が最終集団でゴール。125kmの南の島の旅は終わった。皆満足であった。

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